霞ヶ浦
| 霞ヶ浦 | |
|---|---|
衛星写真 | |
| 所在地 | 茨城県10市1町1村、千葉県1市[1] |
| 位置 | 北緯36度0分0秒 東経140度25分0秒座標: 北緯36度0分0秒 東経140度25分0秒 |
| 面積 | 220 km2 |
| 周囲長 | 249.5 km |
| 最大水深 | 7.1 m |
| 平均水深 | 4 m |
| 貯水量 | 0.85 km3 |
| 水面の標高 | 0 m |
| 成因 | 海跡湖 |
| 淡水・汽水 | 淡水 |
| 湖沼型 | 過栄養湖 |
| 透明度 | 0.6 m |
霞ヶ浦、霞ケ浦(かすみがうら、英: Lake Kasumigaura[2])は、茨城県南東部に広がる湖。面積は約220平方キロメートル[3]で、日本の湖沼では琵琶湖についで二番目に大きい。西浦、北浦、外浪逆浦(そとなさかうら)、北利根川、鰐川、常陸川の各水域の総体であり、一部水域は千葉県北東部にも跨がる[1]。河川法ではこの範囲を「常陸利根川」という利根川の支川としている。湖沼水質保全特別措置法指定湖沼。
名称[編集]
国土地理院発行の『標準地名集(自然地名)』では「ケ(大文字)」を用いており、地名としては「霞ケ浦」が正式表記である。国が「ヶ(小文字)」を、茨城県が「ケ(大文字)」を用いる傾向にある。「霞ヶ浦・北浦」という表現のように事実上は西浦のみを指して使われる場合も多い。
霞ヶ浦は古代に「流海」(ながれうみ)か「浪逆の海」(なさかのうみ)と呼ばれ、中世に入って「霞の浦」と和歌に詠まれていたが、鹿島灘の「外の海」に対して「内の海」ともいわれた。「霞ヶ浦」と呼ばれるようになったのは江戸時代になってからのことである[4]。
語源[編集]
『常陸国風土記』の行方郡の条にある「香澄(かすみ)の里」に由来すると言われる。大足日子(景行天皇)が付き随う臣下に「海には、すなわち青い波が漂っており、陸には、これまた、赤色の霞がたなびいている。国がその中にあると私の目にはみえる。」と言ったことは語源の1つだとされるが[4]、明確にいつ、誰が名付けたかに関しては不明である[5]。

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